今日拝読する御書は『王舎城事』(九七五頁)です。一緒に読んでみましょう。
 「又女房の御いのりの事、法華経をば疑ひまいらせ候はねども、御信心やよはくわたらせ給はんずらん。如法に信じたる様なる人々も、実にはさもなき事とも是にて見て候。それにも知ろしめされて候。まして女人の御心、風をつなぐともとりがたし。御いのりの叶ひ候はざらんは、弓のつよくしてつるよはく、太刀つるぎにてつかう人の臆病なるやうにて候べし。あへて法華経の御とがにては候べからず。よくよく念仏と持斎とを我も捨て、人をも力のあらん程はせかせ給へ」(題目三唱)
 この御書は、建治二年四月十二日と言いますから、御歳五十五才の時に、鎌倉の四条金吾にお与えになったお手紙であります。
 御書の内容を拝見いたしますと、四条金吾より、去年の文永十二年三月二十三日(文永十二年四月二十五日に建治と改元)、極楽寺と将軍家の御所が火災にあったことの詳細が届けられたのに因んで王舎城の名の由来を述べられたことから、この御書を「王舎城事」とお呼びするのです。
 さらに、真実強盛の信心がなかったなら、御本尊を持っても祈りは叶わないこと、正しい仏法を持つものには、かならず諸天善神の守護がある等のことを御指南されています。
 大聖人様の御在世当時、真言律宗の僧で、睿尊の弟子で名を忍性、字を良観と称する者がいました。酒を口にしない、女には手も触れたことがないことを自慢にして世間の人には生き仏を装いながら、実際は嫉妬深く、生活はふしだらであった事から、大聖人から、「三学に似たる矯賊(世の人々をいつわる賊)の聖人、僭聖増上慢にして今生は国賊、来世は那落に堕在せんこと必定」(新編三七六ページ)と指弾されたことは有名ですが、文永八年には、大聖人と雨乞いを競って破れたことの腹いせと焦りから大聖人を讒言して死罪に陥れようと工作し、あの龍の口の法難、佐渡流罪を引き起こした張本人です。
 この極楽寺良観には別の名前があるのです。それは「両火房」というものです。名前の意味は、二つの大火災を引き起こした僧侶、ということになります。
 これは、文永十二年(一二七五)三月二十三日、良観が居住していた極楽寺から出火して、その広大な伽藍を焼き、さらに鎌倉御所にも燃え移り、共に焼失したことを仰せになっているのです。
 そこで、「あなたは、良観房ではなく、両火房だ」と、元の名前をもじってからかわれたのです。
 もともと、火というものは聖人や賢人、あるいは福徳のある人、さらには智者といわれるような方を焼くことはありません。
 たとえば、昔インドに王舎城という城がありました。あのビンバシャラ王やアジャセ王で有名なマカダ国の首都であった所で、九十万の民の家が居並んでいたと伝えられています。そこがどういう訳か、七度も大火が続いて、人々は苦しみのあまり、次々と逃げ出す者が現れる始末だったのです。国民がその国土を捨てて去っていくことほど、国王にとってつらいものはありません。そのような時に、一人の賢人が現れたのです。
 そして、この方が申されるのには、仁王経や法華経の中で説かれる七難の内の火難とは、聖人がいくら人々をいさめても正しい仏法を求めようとせず、あくまで悪法に執着するがゆえに、止むなく所を辞して去ってしまわれたり、あるいは王の福の尽きる時に起きるものなのです。
 しかるに、このたびの七度にわたる大火は、多く国民の家屋を焼いてしまいましたが、不思議にも、国王の住まいである内裏に火が近づくことはありませんでした。
 この明白な証拠からもお解りのように、この大火は王のとがによって起こったものではなく、国民の側にとががあることによって引き起こされた火災なのです。
 ですから、国民の家々を含んでこの全体を王の舎、つまり王舎と名づければ、きっと火の神も名前に恐れをなして、以前のように火災が発生することはなくなるでしょう、と進言申し上げたのです。
 王様は、そういうこともあるのかと、この賢人の申し入れにしたがって名前を王舎城とつけたところ、それより、一切の火事が止まったというのです。
 これが、王舎城の名の由来です。
 このように、その方が大果報の人であるならば、火事に見舞われることはなくなるのです。この時は、鎌倉の将軍の御所が焼けたというのですから、まさに、日本国の果報が尽きるしるしでなくて、なんでありましょうか。
 それなのに、この国では、謗法の僧侶らが強盛・ものすごい、強い力で祈りをおこない、日蓮を降伏(人の自信をくだいて、屈伏せしめようとしたり、あるいは日蓮を悪魔に見立て、あるいは我が敵として、これを押さえしずめようと)しているのですから、いよいよ災いが降りかかってくる事は、避けられません。
 名は体を顕すといいますが、両火房というこの謗法の聖人は鎌倉の上下万人の師匠であるが、二つの内の一つの火はわが身に留まって、極楽寺を焼いて地獄寺と成し、もう一つの火は鎌倉に放って、幕府の重要拠点である御所をも焼いてしまいました。この火が、我が極楽の寺を焼き、国の要の場所を焼いてしまったということは、この良観房の師弟がこぞって無間地獄に堕ちて、阿鼻地獄の炎に燃えつくされるという前ぶれでなくて何でありましょうか。
 結局、法門の正邪勝劣を弁えられぬおろかな人たちが、智慧ある人の言うことを用いなければ、とどのつまりがこのような末路をたどることになるのです。
 さて、四条金吾といえば、あえて今更申し上げるまでもなく、非常に信心強盛な方で、信心をしていることが原因で主君から領地を召しあげられ、同僚からは命をねらわれるという、厳しい、しかも長い間の迫害にも耐え、あの龍の口の法難の時には、もし、お師匠様に万が一のことがあれば、追い腹かき切ってお供申し上げる覚悟を示した方でもあります。
 しかし、男はそうであっても、家をきりもりしなければならない奥様としては、この、たび重なる迫害によって、信心を退転してしまうまではいかないが、ややもすると信心をこのまましていてもいいのかと心がゆらいで、「これ程信心しているのに、どうしていつまでも迫害に苦しまなければならないのか、どうして祈りが叶わないのであろうか」と疑う気持ちが、頭をもたげたりすることがあったようです。
 それに対して大聖人様は、「御信心やよはくわたらせ給はんずらん」とおおせになっています。
 せっかくの御信心が、なにかの拍子に弱くなられたのでありましょうか。表面を見る限り、自他共に認める心からの信者のように見えて、内実はそうでないことがしばしばあるものでございます。そういう人であると、ひそかに案じている方もおられるが、その人については、あなたも、それとなくお気づきのことでしょう。
 ましてや、あなたの奥様は当たり前ですけれど、女性です。この女性の心は風にもたとえられ、もし、かりに風をつなぎとめるものがいたとしても、女性の心を取ることは困難である、とまで言われた存在です。
 ですから、あなたの奥様だからそういうことはないだろうということはないのであって、やはり、時には迷っておしまいのこともあるものなのです。
 そのような時には、あなたが、ただ大きい声でこれを責めるのではなく、縁あってご夫婦になられたお二人ですから、仏様が、あなたの真心でこの人に信心をよみがえらせるよう、御計らいになられているのだと思って、あなたの力によって、一人の人を救っていくこの訓練をさせていただいていると思って、心を尽くして語ってあげてください、と申されるのです。
 祈りが叶わないというのは、弓を例にすれば、弓は強いけれども、つるが弱いのに似ているのです。弓は御本尊様です。題目です。それに対して、つるは、私たちの信心であり、修行の心構えです。弓の部分はもう十分な弾力を具えているのですから、あとは、信心修行のつるをピーンと張ればいいのです。すると、矢は遠く飛んでまいります。
 また、大聖人の時代は武士たちが皆太刀つるぎを持っていましたから、このような例えを用いられるのですが、太刀つるぎが立派でも、これを使うものがそもそも臆病で、敵や目標にむかって、太刀をひっさげて突き進んでいかなかったなら、はたして太刀つるぎは本来の力を発揮するでしょうか。
 敵が襲ってきたときに、それだけでおじ恐れて、ちぢかんでしまったら、どんな立派な刀を手に入れていても、何の役にも立たないでしょう。まさに、有って無きがごとしです。
 そんな時にはヘッピリ腰をひっぱたいて、ふるえる手には、歯をぎゅっとくいしばって力を吹き込んで、我が刀を信じて、思い切って振り下ろしてごらんなさいよ。予想以上の切れ味にきっと驚かれるはずです。
 私たちが祈りが叶わないと愚痴を言う前に、まず自分の信心を反省してみるべきなのです。
 私たちの信心を点検してみると、我見で信心している人が多いのには、本当に驚かされます。
 信心すると言うことは、自分の我見を捨てて大聖人様の教えを信じたてまつり、それに従い、大聖人の教えを根本にして物事を考え、判断し行動していくことですが、現在は手つぎの師匠である猊下様を通じて大聖人の教えを学び、そのご指導にしたがって実践していくのが信心であります。
 ところが、人は自分の考えが基準であって、自分の考えに合致している時は従っているふりをしているが、少しでも自分の考えと違うと、途端に「いや違う」と言って従わない人がいます。
 だから、この猊下様の御指南を体して、これを具体化すべく、総本山から次々と御指導が示されても、我関せず、馬耳東風の人が出てきてしまうのです。
 これは大聖人のお言葉によりますと、我見の人、増上慢の人であって、御本尊は受持されておっても、誉れある法華講員に名をつらねてあっても、本当は始めから仏様に随順していない人なのであります。
 そういう人が住職から信心の誤り等を指摘されると、たちまち反抗したり恨んだりして退転したりするのであります。
 そういう人たちは、ご自身もお気づきでないようですが、初めから、もし自分に過ちがあるのなら、これを機会にただしていこうという意思をもちあわせておられず、ただ機械的に指導を受けにおいでになることがあります。
 そうして、住職の意思と自分の考えと一致すれば従いますが、気に入らなければ自分の勝手な考えで行動します。
 信心とは、我見によらず、仏の教えを根本に判断し行動することでありますから、我見をまげない人は、実は、いまだ信心の第一歩を踏み出していない人といわざるを得ないのであります。まず、我見を捨て、慢心を捨てましょう。
 最近亡くなった落語家が、弟子にあることを教えていたことがテレビで紹介されていました。
 人の話を聞いて、下手な野郎だと思ったら、それは自分と同じぐらいの人だと思いなさい。上手な人だなと思ったら、それはあなたより十倍上手な人だと思いなさい。自分と同じぐらいだと思ったら、それは自分の倍上手な人だと思いなさい、といつも繰り返して、慢心を戒められていたというのです。
 これは、仏教の七慢・八慢を習った人か、あるいは実体験の中で学習されたことか、いずれにしても、大したものです。
 慢心が、すべての事柄において向上することを妨げるのです。ですから、慢心や我見を排除すれば、懈怠という怠け心もおのずと消えていきます。するとこの人は、仏法をいい加減な調子で学ぶということが無くなりますから、上っ面な教学のとらえ方、すなわち浅識謗法から逃れることができます。
 仏法修行をしながら、これだけ時間を割いて、体力も消耗したんだから、少しはいい思いをしなけりゃ損だ、などというとんでもない考えも生まれはしません。
 すると不解という努力もせず、分かろうとしないふてぶてしい態度も現れず、不信などということはもったいなくて、瞬時にも御本尊を信じない気持ちをおこすことはありません。
 ですから、信心の期間が長くなったりした場合などに、おもわず、また信心の話しかなどと、顔をしかめたりすることもなくなり、喜々として、仏法が語られるのを、これを聴聞するのを待ち望むようになります。
 だから、謗法することもなく、立派な信心の行為をされていることを憎む事なく、妬むことなく、恨むことなく、軽んじ、卑しむこともなくなります。
 このような状態の時の題目は、大聖人のお唱え遊ばされた題目と同等の功徳が生まれるのです。ですから、この時は必ずいのりは叶います。
 その反対に、先ほど述べたことと逆のことをすれば、それは十四誹謗という法華経の心に背くことですから、題目の功徳を減ずる、減らすことになって、祈りが叶わないことになるのです。祈りが成就しなければ、このことの点検が必要なのです。
 それから、私たちの祈りは、ただ自分の望みを叶えるためだけではなく、広宣流布につながっていなければ、祈りは成就しません。
 当然、人を憎んだり、恨んだり、不幸になれ、などという祈りも祈りとなりません。
 就職試験に合格したい。そして、いささかでも社会に貢献して、そして、社会の中で、信心する事がどんなにかよい結果を人の生き方に影響を及ぼすか実証を示したい。
 あるいは、そうした仕事で培った様々なことを、また仏法広宣流布に生かしていきたい。いっぱい、ありますよ。仏法のために、逆に活用されること。
 あるいは、仏法隆昌、あるいは外護のため、その仕事での報酬を使わせていただこう、こういうことの祈りによって初めてしるしが現れるのです。
 「広宣流布のこころざし無くんば、利生これあるまじきよし」です。
 病気もそう、病気がなおりましたら、かならず、その元気な体で広宣流布のために貢献させていただきます。ですから、病気を、どうぞ治してください。
 あるいは、どうも家庭の中が、暗く、笑い声など聞いたことがありません。ともすれば、ちょっとした言葉の聞き違いでいさかいを起こしがちになります。
 ですから、どうぞ一家が仲良く、楽しく過ごせますように。そうすれば、誰しもが願っていることは、家庭が和やかであることですから、題目で乗り越えた体験を通じて、折伏に結びつけさせていただきます。
 ですから、御本尊様、家庭の和楽を取り戻せますように、と祈ると、結果が現れてくるようになるのです。
 私たちの祈りが叶わない、とお思いでしたら、自分たちの祈りが広宣流布とつながっているか、ふりかえってみてみましょう。
 それから、私たちの信行のあり方が、一生懸命やっていたかと思ったら、しばらく眠りかぶってお休みになり、かと思ったら、またやり始める。こういう人が多いですね。
 これを大聖人様は、器にひびが入っていたり、あるいは欠けていたりする状態と同じ状態だから、功徳がその部分から漏れて、いつまでたっても、器を満たす状態にならない。だから、祈りが叶わない、と仰せです。
 御書には「少し信ずるようなれども又悪縁に値うて信心うすくなり、あるいは打ち捨て、あるいは信ずる日はあれども捨つる月もあり。これは水の漏るが如し」(一四四七ページ)とあります。又、この器に水を満たさない状況には、ほかの事柄もあります。
 それは覆という状態で、これは器を逆さにしたり、ひっくり返したり、ふたをしたりすることです。
 これは私たちが、仏様の教えを聞いても、いやだといって受け入れようとしなかったり、聞きたくないと耳を手でおおったり、信心なんかしないよと、信仰を拒絶することです。これでは、功徳の水は溜まりません。
 次に汚れたるといって、以前の宗教に対する未練が残っていたりすることです。それは、器が汚れているのですから、折角清らかな水を注いでも飲むことはできません。だから、功徳が現れないのです。
 最後に雑とは、題目も念仏も、神様も、信ずる気持ちは同じだからと、謗法を徹底して捨てて、純一無雑、ひたすら御本尊のみを信じて題目を唱えることをしないことをいいます。
 実際に、コップの中の水に、石ころや砂、あるいは糞などを、少量でもいいから入れてみてください。
 誰が飲むことができるでしょう。そのような、けじめのついてない、いい加減な信心で題目をあげていれば、これは祈りが叶わないのは当然です。
 さぁ、大聖人のお言葉通り、原点にたちもどって、真剣な題目を唱えてまいりましょう。