『日女御前御返事』(御書一三八八ページ)
「此の御本尊、全く余所に求むる事なかれ。只我ら衆生、法華経を持ちて南無妙法蓮華経と唱ふる胸中の肉団におはしますなり。是を九識心王真如の都とは申すなり。十界具足とは十界一界もかけず一界にあるなり。之に依って曼陀羅とは申すなり。曼陀羅とは天竺の名なり。此には輪円具足とも、功徳聚とも名づくるなり」(題目三唱)
 この『日女御前御返事』は、日蓮大聖人様が、身延から日女御前にお与えになられたお手紙で、以前は建治三年八月二十三日にしたためられた書とされていましたが、『平成新編日蓮大聖人御書』の編纂にあたって、弘安二年にあらためられました。ですから、大聖人、五十八歳の御時のものであることがわかります。
 このお手紙のあて名の「日女御前」とは、池上氏の奥様とも、松野後家尼の娘ともいわれていますが、詳細は不明です。
 この御書は御本尊の相貌(お姿・形)に言及されているところから、『御本尊相貌抄』という別の名前でも呼ばれています。
 今、お聞きになっておわかりのように、相貌を「そうみょう」と、仏教用語では通常の漢字の読みとは違う読み方をしています。
 これは、呉音といって、六朝時代――後漢の滅亡から隋の統一まで建業(南京)に都した、呉・東晋・斉・梁・陳の総称――の呉の地方の音が伝わったもので、仏教用語といえばこの呉読みが使われるのです。たとえば、弱を「ニャク」と読んだり、長を「ジョウ」と読んだりするのがそれであります。
 それはさておいて、この日女御前が御本尊の御供養のために鵞目五貫――鵞目というのは、昔のお金は形が鵞鳥の目のように丸く、中央の穴がその瞳に似ていたので、鵞目、鳥目と呼ばれていました――これを千文で一貫としますから都合五千文と、白米を一駄――馬一頭に二俵背負わせて一駄といいます――それとお菓子――昔は菓子とは果実につけられた名称でしたので、果物を御供養の品々をしるされたメモの数どおり、たしかに頂戴いたしました、と御礼を申されています。
 そして、あなたが御供養された御本尊は、お釈迦様が御説法された五十年の間には法華経の八年、その八年の中にもわずか涌出品から嘱累品という八品のなかに、釈尊から地涌の棟梁たる上行菩薩へ、慇懃丁重に付嘱されたその一部始終が示されているにすぎません。
 そういう具合ですから、お釈迦様が亡くなられた直後の千年間の正法時代、さらに次の千年の像法時代、そして最後の末法の時代にすでに突入していますが、その中の正法像法の二千年の間には「本門の本尊」という名前すら存在しませんでした。いわんや、人の口にのぼることも、誰かによって顕わされることも無かったのです。
 否、実際には顕わすべき人がいなかったというのが、正確な言い回しなのです。
 「天台・妙楽・伝教等は内には鑑み給へども、故こそあるらめ、言には出だし給はず」
 天台大師、妙楽大師、伝教大師は、この尊い御本尊のことはご存知ではあられましたが、深い理由がお有りになったため、言葉にはお出しになりませんでした。
 このことを日蓮大聖人様は『諸法実相抄』の中で、「かくの如き等の法門、日蓮を除きては申し出だす人一人もあるべからず。天台・妙楽・伝教等は心には知り給へども言には出だし給ふまではなし。胸の中にしてくらし給へり。それも道理なり。付嘱なきが故に、時のいまだいたらざる故に、仏の久遠の弟子にあらざる故に、地涌の菩薩の中の上首唱導上行・無辺行等の菩薩より外は、末法の始めの五百年に出現して法体の妙法蓮華経を弘め給ふのみならず、宝塔の中の二仏並座の儀式を作り顕はすべき人なし。これ即ち本門寿量品の事の一念三千の法門なるが故なり」(六六五頁)と仰せられ、釈尊より付嘱も無く、時も来ておらず、仏の久遠の弟子でないゆえである、と明かされているのです。
 しかし、仏様が亡くなられて、正法像法時代の二千年も過ぎ去った末法の始めの五百年には、かならずこの御本尊が御出現になるということは、これは法華経の中に明確にお示しになられているのです。
 つまり、法華経第七の「我が滅度の後、後の五百歳の中に、閻浮提に広宣流布して断絶せしむること無けん」等々という経文がそれであります。
 これを受けて天台大師は「後の五百歳、遠く妙道に沾おわん」という、この御本尊の広宣流布の時を指す言葉を述べられ、あるいは伝教大師は「正像稍過ぎおわって、末法太だ近きに有り」と、末法の始め、御本尊御出現の時を願楽(お慕いし心待ちにされること)する言葉をお残しになるのです。『顕仏未来記』(御書六七五頁)
 天台伝教等が、ご存命中に御本尊をお顕わしにならなかったのは、このように、偏に、地涌上行の生まれ代わり日蓮大聖人の御出現があって、はじめてこの世に顕わされるものだったからなのです。決して、外の誰もが弄う(いじる・もてあそぶ・さわる)べきものではなかったからなのです。
 だから、彼の人々はよく自分の分限を守って、固く口を閉ざしてその時をお待ちになったのです。
 しかし、しかし、彼らはその時を恋い慕う心が胸にあふれてしまうのをどうしようもなくて、あのお言葉をお残しになるのです。
 伝教大師はさらに「代を語ればすなわち像の終はり末の始め、地を尋ぬれば唐の東、羯の西、人を原ぬれば則ち五濁の生、闘諍の時なり。経に云はく、猶多怨嫉・況滅度後と。この言、良に所以あるなり」と述べられています。
 つまり、御本尊出現の時は、像法時代も終わりを告げた末法の始め(日蓮大聖人は末法に入って百七十一年目に御誕生)、所をたずねれば唐の東に当たる日本国、人はといえば、正法像法時代とは打って変わって煩悩濁・見濁・命濁・衆生濁・劫濁という煩悩や低級な思想が猛威をふるい、命もにごりきって、その上闘いに明け暮れるいわゆる五濁悪世であり、そのことを見越したかのように、経文には、末法で妙法を広めることの困難さを、仏のおわした時ですら猶怨嫉が多かったが、いわんや末法濁悪世の弘教においてをや、とお示しになっているけれども、まさに道理であると、大聖人の御化導を透徹したまなこで見通して、すでに言い置かれているのです。
 このように、経文にも、天台妙楽等の解釈の中にも、御本尊が末法の始め五百年に御出現されることについては、明々白々な形で予告されているのです。
 ここに日蓮、どのような不思議な力がはたらいてこうなったのか知る由もないが、彼の龍樹・天親も、あるいは天台・妙楽・伝教等でさえもお顕わしにならなかった大曼陀羅を、末法に入って二百数十年を経た今、法華弘通の旗印として、顕わし奉りました。
 しかし、これは日蓮が勝手な思い付きでこしらえたものではありません。また突然、今に始まったものでもありません。宝塔の中の釈尊、それに十方よりお集まりの仏様にも共通の、大事な御本意とされる御本尊なのです。
 「されば首題の五字は中央にかかり……」と、私たちが今眼前に拝している御本尊様の相貌について一つ一つ読み上げられていきます。
 そして、この地上に存するあらゆる衆生をあげられおわって、このことごとくが、中央の妙法五字の金色の光明を浴びて、本来そのものが持っている尊厳な命をキラキラとかがやかせている……、「一人ももれず此の御本尊の中に住し給ひ、妙法五字の光明にてらされて本有の尊形となる。これを本尊とは申すなり」……、法華経に「諸法実相」と説かれているのはまさにこのことなのです。
 諸法というのは十界の衆生のことです。ゆえに、諸法と十界を挙げて、これ実相なりと説かれているのです。つまり、実相とは妙法蓮華経の異名ですから、諸法は妙法蓮華経ということなのです。
 日蓮大聖人の本因妙の御修行によって、宗祖己心に集約された十界三千の諸法と境智冥合あそばされた結果、法界は自受用身という一仏の境界へと開かれたのです。これを伝教大師の言葉を用いて、「一念三千即自受用身、自受用身とは出尊形の仏なり」と述べられて、尊形をもって身を飾らない、つくろわず、はたらかさず、もとのまま、ありのままの凡夫即極の日蓮大聖人の御境涯を表現されているのです。
 これが御本仏の仏身です。
 これを私たちにも拝見できるよう一幅の御本尊として御図顕されたのが、私たちが今目の前に拝している御本尊様なのです。
 これは、私たちは常日ごろ拝していますから、ついうっかり当たり前のように見ていますが、すべての仏様もこの御本尊を御修行されて仏様になられたというほどの、尊い意味があるのです。
 このようなことから、「未曾有の大曼陀羅」とも申し上げるのです。つまり、仏様が御入滅されてから今に二千二百二十有余年、この御本尊がいまだかつて出現されたことは無い、という意味です。それ程偉大な御本尊なのです。
 ですから、この御本尊に御供養された日女御前は、今生には幸いを招き寄せることとなり、後生には、この御本尊様があなたの左右前後に立ち添われ、闇夜の明かりのようにあなたを照らし、山道の険しい難所には、強力、すなわちベテランの、登山者の荷物をもって運んだり、時には手を引いたり、あるいは後ろから押したりして助けてくださる方を得たように、いろいろと細かいことから大きなことまで気を遣って、日女御前を取り囲むようにしてお守りくださることは、もう間違いありません。
 ですから、この御本尊への信心を始められた以上、よくよく心して、夫の浮気相手を、夫婦親子の愛情をはぐくむ場所ともいうべきわが家へ寄せ付けたくもないように、御本尊に対する不信謗法の者をせかせ(せく・堰く・塞く)、近づけないよう毅然とした態度をとっていきなさい。
 下劣な信仰に染まっている人は、自分は間違った信仰をしているとも気づかずに、正しい信心をしている人を見ては、この人の信心を駄目にしてやろうとか、あわよくば自分の方へ引きずりこんでやろうなどと考えていますから、あなたは一時的な損得勘定に心を振り回されずに、そういう相手の魂胆をしっかり見抜いて、心を許す存在になってはいけません。そういう人よりも、御本尊への信を高め、正直な心を第一とする善友に親しくし近づくことを心がけていきなさい。
 私どもが仮に事故で命を失っても、まさか地獄・餓鬼・畜生の三悪道まで堕ち果てることはありませんが、悪知識にたぶらかせると、命も財産も失い、さらに地獄・餓鬼・畜生の三悪道に堕ちなければならなくなりますから、これは後悔先に立たずで、後でいくらくやんでも追いつかないことになりますから、十分な注意が必要なのです。これを「悪知識を捨て善友に親近せよ」というのです。
 信心の心構えとして、この御本尊様は、御本仏日蓮大聖人の御一身の当体であられることは当然でありますが、これをただ、私たちの手の届かない、まったくの高嶺の花のように捉えてばかりではいけません。
 自分以外のもの、と考えていては信行は成就しないとの仰せなのです。それが「この御本尊全く余所に求むることなかれ」という御文なのです。
 このことについては、あの『一生成仏抄』にも、「ただし、妙法蓮華経と唱え持つと云ふとも、若し己心の外に法ありと思はゞ全く妙法にあらず、麁法なり」とか、「若し心外に道を求めて万行万善を修せんは、譬へば貧窮の人、日夜に隣の財を計へたれども、半銭の得分もなきが如し」(御書・四六頁)と書かれている通りであります。
 それではどこにそのような命があるのかと言いますと、「ただ我ら衆生、法華経を持ちて南無妙法蓮華経と唱ふる胸中の肉団におはしますなり。これを九識心王真如の都とは申すなり」と仰せになっているのです。
 私たちのように、御本仏の御金言を信じて、三大秘法の御本尊に南無妙法蓮華経と一心不乱に唱える人々の、胸の中の、この肉のかたまりの中におわしますのである。これを「九識心王真如の都」とも申しげるのです。
 私たちの心はどうなっているのかといいますと、普通、目で見ての眼識、耳で聞いての耳識、鼻で嗅いでの鼻識、舌で味わっての舌識、身で触れての身識、そしてこれを統括する意識、これを六識といいます。
 私たちの心や生命はこればっかりかというとそうではなく、その奥にまだ七番目の末那識というのがあります。これは自己に執着する心で、現代的に言えば自我意識のことです。
 さらにその奥には、ありとあらゆる自分の意思や経験を記憶している八番目の阿頼耶識というのがあり、これが未来の善悪の果報を決定していくのです。自分の行ったことは、意識するしないにかかわらず、全部この阿頼耶識に刻まれています。ゆえに、この阿頼耶識は蔵識とも言われます。蔵とは「くら」の意味で、業を貯めていくところから蔵識と呼ばれているのです。
 この阿頼耶識で刻まれることは、社会一般の善悪のことばかりでなく、私たちの日々実践している勤行・唱題、それに折伏・寺院参詣などなど、信仰にかかわる一切の行為が善業として刻印されていくのです。それがかならず、現当二世の幸福につながっていっているのです。
 そして、この八識の奥に阿摩羅識という九識があります。この九識こそが仏界なのです。
 この心があるからこそ、三大秘法の御本尊を信じて真剣な信行に励み、清らかな大きな心で人をも救っていきたいという、すばらしい境界に立つことができるのです。
 そして、この命の発動は、御本仏日蓮大聖人のお命たる、三大秘法の御本尊に南無妙法蓮華経と唱題し奉ることによってのみ起こるのです。
 題目を唱えれば唱えるほど、この命は色濃く、私たちの言動の中に表れてまいります。それで、寸暇を惜しんで、御本尊の前にすわらせていただくのです。
 「九識心王真如の都」……、なんともすばらしい響きではありませんか。かといって、これがあるからもういいんだと、安閑と日々を過ごすようでは、これは大聖人の仏法を習い損ねていると、申し上げるほかありません。大聖人は「心地を九識に持ち、修行をば六識にせよ」と仰せです。
 どんなことがあっても、へこたれず、くじけず、またあきらめず、心をこの九識に置いて生きていきたい。
 でも世間離れしたおかしな行動は慎んで、この目を、この耳を、この口を、この手を、この足を総動員して仏道修行していきなさい。あるいは家庭生活を、あるいは仕事を、そして社会生活を見事に行動していきなさい、と申されているのです。なぜなら、全部法華経だからです。
 この御本尊をご覧になっての通り、十界の衆生の名前が縦と横に書かれています。これによって十界互具、十界がその一界も欠けることなくどの一界(たとえば地獄界であれ、人界であれ、仏界でもあれということです)の中に具わっていることが表されているのです。
 これで百界になります。これにかならず十如是が一つ一つに具わりますから、百界に十如是をかけ算すると千如是になります。この千如是の一つひとつにかならず衆生世間、五陰世間、国土世間の三世間が具わりますから、千如是に三世間をかけ算すると、一念に三千が具わることになるのです。
 なぜ、十界や三諦、それに十如是、あるいは三世間をこういった形で組み立てていかなくてはならないかといいますと、妙楽大師は「十界に約せずんば事を収むるにあまねからず、三諦に約せずんば理を摂することあまねからず、十如を語らずんば因果具わらず、三世間無くんば依正尽きず」と申されて、これによって久遠名字の釈尊という日蓮大聖人の一念に、十界三千の依報正報、色心、非情草木、虚空刹土、いづれも除かず、ちりも残らず一念の心に収めて、この一念の心、法界に遍満・あまねく満ちみちていることを表すことが初めてできるのです。
 これによってこの御本仏の一念の心法を顕わした御本尊を「曼陀羅」とも申し上げるのです。
 曼陀羅とはインドの言葉を漢字に音訳したもので、意味は輪円具足とも功徳聚とも約するのです。
 輪円とは、丸い球体は三角や四角などとは違って、この宇宙で最も安定した形、物事が全部欠けることなく円融円満にそなわっていることを象徴しています。
 また功徳聚の方は、三世諸仏の万行万善諸波羅蜜の一切の功徳はもとより、御本仏の本因妙の御修行による本因本果の絶大な功徳と果報の一切が籠められている意義を明らかにしています。それがこの妙法蓮華経の曼陀羅なのです。
 そして、この御本尊も只信心の二字に収まっていることを表すために、御歴代御法主様は、これを法具の数珠の上に曼陀羅の意義をお留めになりました。日寛上人は『当家三衣抄』に「木患子の円形はこれ法性の妙理を表するなり。玄文の第一に云わく『理は偏円を絶すれども、円珠に寄せて理を談ず』云々。弘の五の上に云わく『理体欠くる無し、之に譬うるに珠を以てす』」と。丸い珠は輪円具足を、壺型の珠は功徳聚を表し、この曼陀羅、我ら胸中の肉団におわすを表されたのです。
 そして、常に「心地を九識に持ち、修行をば六識にせよ」と、励まされているのです。

                            以上